神の住む家 −その真相に迫る−


由緒ある神社の神主さんが住んでいたと思われる廃屋。
この神社を中心とする集落全体が廃れた感がある。
廃屋が点在し、住居があった跡と思われる空き地が広がっている。
複数の廃屋にもお邪魔したが、決まって同じ場所に壇場が設けられていた。
信仰の町の衰退と、歴史ある神社の衰退に関係はあるのだろうか。
あの神主の家にカギがあるのではないかと思い、あれから何度か再訪した。











○川の許可なくして入居を禁じます
立ち入ること自体は問題ないのか気になり、「入居」に別の意味が無いか調べてみた。
入居「はいってそこに住むこと」(大辞泉)なので、立入を禁じる文言ではなかった。
そんなことよりも、「○川の」という件の方が気になる。
神主さんの苗字とは異なるので、何らかの関係者だろうか。






手帳があったが、特に手がかりはなかった。
「侮蔑」という文字が気になる。






はじめから何か違和感を感じていたが、これを見てはっきりした。
ここに住んでいた、神主さんと思われる人の姿形が、全く見えてこなかった。
写真類や神社との関係を示す決定的な物は、意図的に持ち去られていた。
台紙から写真だけを剥がして持って行くというのは、いささか不自然な感じがする。
親類が持ち帰ったというよりは、何らかの隠滅工作のように思える。



だからといって、こちらの負けずに精査する。
引き出しの奥底から、絵葉書が出てきた。
例の神社の絵葉書だ。



祭事に撮られたと思われる写真。
氏子の青年たちだけでも、これだけの人数だった。
御神田もあり、地域ととも支えあってきた神社だと分かる。
この写真からも、当時の繁栄ぶりがうかがえる。



別の場所で発見した宗教法人規則。
「○○神社」というのは、まさにその神社の名称だ。
今まで、神主の家というのは推測でしかなかったが、物証がいくつか出てきた。






名刺もたくさん出てきたのだが、どれも軍事色の強いものばかりだった。



最近になって改めて訪問したら、大きく荒らされていた。
全ての引き出しの中身がぶちまけられ、ひどい状態になっていた。
何者かが窃盗目的で金目の物を物色したようだ。
こうなってしまうと、自分も泥棒と間違われそうで、入りづらくなってしまう。

今までの幾度かの訪問により、この廃屋と神社との深い関わりが確認できた。
また、注目すべきは、戦時中の軍部との関わりだろう。
神社そのものにも、出兵シーンを描いた絵木が掲げられているなど、軍事色を漂わせている。
神社から戦争は連想しにくいため、神社を訪れた時から気になっていた。
そして、神主さんの家には軍関係者の名刺。
神社と軍の関係は深く、それは、この地域と軍との関係も深いということだろう。

1300年の歴史を誇り、由緒正しい雄大な神社。
この集落に住む人たちは、ほぼ全員が氏子で、神社を支えてきたのだろう。
それがなぜ、ここまで衰退したのか。
それを戦争と関連させて考えるのは、短絡的だろうか。
敗戦から60年、あの絵葉書に写っていた若者たちが出兵し、帰ってこなかったとしたら・・・
終戦を境に、この地域は悲しみに包まれ、一気に廃れていったのかもしれない。

岐阜県には空軍基地や軍司令部もあって、戦争とは関わりの深い地域だった。
岐阜は市街地が空襲に遭ったこともあり、防空壕が各地に現存している。
岐阜県の可児には、山の下をくり抜いて建設しようとした地下軍需工場跡がある。
各務ヶ原には、広大な航空自衛隊の敷地があり、その周辺にはかつて軍需工場だった重工業の工場が軒を連ねる。
そう遠くは無いこの神社の集落からも、相当数が動員されただろう。
男は戦地へ、女子供は軍需工場へと。
多くの悲しい物語を想像してしまうのは、私だけだろうか。