綿の紡績工場 3/3





往時を偲ぶには十分すぎるほど状態がいい。
愛知県が繊維産業で賑わっていた当事、県外からの就労者が非常に多かった。
そのため、大規模な事業所では敷地内に寮が何十棟も併設されていた。



火災時に威力を発揮する(?)消火弾。



すりガラスに刻まれた落書き。



階段で2階に上がる。






無人となったあともきちんと管理されているため、物は殆ど残っていない。
女工さんが壁に貼った雑誌の切り抜きや落書きだけが、今も残っている。



貼られていた詩。友情の花、永遠にちらせたくはないものだ。









こちらは、本工場内で現存する最古の寮。
建てられたのは、なんと大正時代だという。



内部は年月の経過で痛んでいるが、かろうじて2階にも上がることができた。
今にも床が抜けそうなので、破壊してしまわないうちに別の建物へ・・・



何があったのだろうか。



窓からは、建ち並ぶ木造の寮の姿が見える。
既に夕日が差しはじめているので、ここまでにしよう。



愛知県はかつて、繊維産業で大いに栄えた。
一宮・尾西周辺の尾州地区は国内最大のウールの産地だ。
また、三河地区は江戸時代から木綿の産地として全国的に知られている。
しかし、ここ20年の急激な産業構造の変化によって、国内の繊維産業は急速に衰退した。
巨大な敷地面積を有する繊維関連の工場は次々と姿を消し、大型ショッピングモールや建売住宅へと姿を変えた。
近年開業した大型ショッピングモールの殆どは、繊維工場跡地に建設されている。
例えば岐阜だと、モレラ、イオン各務原、イオン大垣、マーサ、カラフルタウン等がそれに当たる。
敷地が広大で土地の売却益や賃料が期待できるため、廃業した繊維関連の巨大工場が現存していることは少ない。
今回、紡績・織布工場を見学できたのは、貴重な経験になった。


もっと掘り下げた内容を読みたい方は、『廃墟という名の産業遺産』でどうぞ!
くどいようだが無許可での探索は不可能であるので、ご注意を。