愛知県長久手町 発砲立てこもり事件




2007年5月17日午後4時頃、愛知県長久手町長配の住宅地で、発砲事件が発生した。
容疑者の家族と警察官(愛知署、交番勤務)が撃たれ、撃たれた警察官は現場に取り残された。
犯人は自らの元妻を人質にして、自室に立てこもった。
こうして、29時間に及ぶ長い事件は始まった。

私よごれんが事件を知ったのは、17日に帰宅してからだった。
長久手町といえば、以前私が住んでいた町だ。
しかも、この位置関係は・・・容疑者の自宅は私が以前住んでいた場所と斜め向かいじゃないか。
なぜかいつも、私の縁やゆかりのある地で事件が起こる。
大阪府・池田小の無差別殺傷事件の時も、かなり驚いた。
そうして、色んな事件現場に足を運ぶことになるのだが・・・。

事件発生から5時間も経過して、ようやく負傷した警察官が助け出された。
その際、別の警察官(愛知県警、SAT隊員)が撃たれ、死亡した。
私は、遅くとも翌朝までには強行的に解決するだろうと思っていたが、解決していなかった。
18日の昼過ぎになって、人質になっていた元妻が自力で脱出、今度こそ解決は時間の問題と思われた。
が、しかし、夜になっても解決していなかった。
まさか、私の仕事が終わるまで続くとは思っていなかったので、カメラなど持ち合わせていない。
すぐにTEAM酷道メンバーの総裁Kに電話をかけた。
「仕事終わったよな?カメラ持って、長久手に集合」
我々は午後8時前後に現地入りした。
この後事件は急展開を見せるのだが、この時点では知る由もなかった。




現場付近は半径300メートルの円内が完全に規制されており、そこの住民であっても立ち入り出来ない状態になっていた。
そのさらに外側に、もう一つの規制線が張られ、一般人の立ち入りが禁止された。
現場にいたる全ての道をパトカーが固め、大幅な交通規制が行われていた。
非常に大規模な交通規制のため、消防車も応援に駆けつけていた。
上空にはヘリが飛び交い、町中パトカーだらけで、非常に騒然とした状態だった。
あまりのお祭り騒ぎに、一人の犯人が起こした立てこもり事件の現場とは、とても思えなかった。



まずは第一の関門を突破しなければならない。
主要県道を通行止めにしていた。



ただ交通規制を行うだけの箇所なのに、警察官が多すぎて、それが逆に混乱を招いていた。
指揮が迷走し、車線規制を行っていたカラーコーンを撤去してしまった。
2車線にあふれた車は、直進できないため左折することになる。
左折した先は1車線で、交差点は大混乱となった。
あれでよく事故が起こらなかったものだ。



300メートルの円内には、2軒のコンビニがあった。
いずれも、臨時休業になった。



一次規制線のきわには報道関係の中継車やワゴン車がずらりと並んでいる。
こうした注目度の高い事件現場では、見慣れた風景だ。
この一次線ぐらいだったら、民家の軒先や壁の間を通れば、簡単に越えられそうだ。



そして、なんとか一次線を越えて二次線へ。
かなり現場に近づいている感じはするが、直接見ることは出来ない。



ここが報道の最前線でもあった。
ここから先は、報道や住民であっても、入ることは出来ない。
しかし、ここを超えなければ、核心に迫ることは出来ない。
その時、一人の中年男性が立入禁止テープをくぐり、歩いていった。
警察官が、すかさず止めに入る。
「家すぐそこなんや!帰らせろ!」
男性は立入禁止エリアの住民のようで、丸一日以上帰宅できていなかったため、かなり怒っていた。
警察官の制止を無視して、どんどん歩いて行く。
その男性に引きずられる形で、警察官はどんどん遠ざかっていった。
「今や!」
手で合図を出し合い、よごれんと総裁Kの二人は、闇に紛れた。



かなり現場に近いのは分かるが、さすがに直接乗り込む訳にはいかない。
とりあえず、高所に上って位置関係と状況を確認してみる。
なんと、目の前が現場だった!
眼下には、警察の現地本部が見える。
実はこの時、容疑者が確保された直後だった。
仕事帰りに現地入りし、午後8時45分頃に容疑者確保。何ともタイミングが良かった。



確保の直後だけあって、現場の動きは慌しかった。
警視庁の衛星通信車や、大阪府警の特殊車両も見受けられた。
ローカルな事件の筈が、広域的な応援を受けていたようだ。
視界に入る範囲には、見慣れない警察の特殊車両ばかりだった。



後片付けをする特殊部隊員や捜査員たち。
多くの人たちが、特殊な装備や機材を運んだり格納したりしていた。



帰りにも、まだ交通規制は解除されていなかった。
ただ、表示は「事件発生」から「現場保存中」に変わっていた。意外と芸が細かい。



今回の事件では、SATの隊員一人が死亡し、警察官一名と民間人が負傷した。
29時間の立てこもりの末、容疑者が自ら投降し、事件は解決した。
立てこもりは二晩に及んだため、市民生活に重大な影響を与えた。
出動した警察車両は数百台、警察官は延べ数千人という規模だっただろう。
なぜ、そこまで大事件になったのか。
それは、愛知県警及び愛知警察署の初動のマズさに尽きるだろう。(愛知警察署は、長久手町を管轄する所轄警察)
なぜ、拳銃を持って暴れているという通報に、交番勤務の警察官が防弾チョッキも着けずに現場に入ったのか。
「拳銃はおもちゃ」という第二報によるとされるが、それでも警察組織としてはあまりにも落ち度のある対応だった。
警察官が駆けつけた後、「撃てるもんなら撃ってみろ」という声がしてから、容疑者が発砲した。
そして、撃たれた警察官が現場に取り残された。
この時点で、指揮は所轄の愛知署から愛知県警に移ったと思われる。

撃たれて負傷した警察官が、容疑者の射程内に、何の遮蔽物もなく取り残されるというのは、どう考えても緊急事態だ。
一刻も早く救出しなければならない筈が、夕方のニュースに生中継され、救出されたのは5時間も経った後だった。
後の調査によると、発生から2時間後には、救出作戦を実行することで方針は固まっていた。
そこから、作戦を練るのに3時間を要したという。
これでは、助かるものも助からない。
これがもし、取り残されたのが民間人だったら、どうなっていただろうか。

そして、3時間もかけて練られた救出作戦の実行中、一人の警察官が撃たれて死亡した。
運悪く、防弾チョッキの隙間に命中してしまったのだ。
これについて、愛知県警は後に反省点として「装備品の改良が必要」とする検証結果を発表した。
防弾チョッキというのはあくまでも最終防御手段で、まずは被弾しないというのが大前提だ。
今回の立てこもり事件の場合、犯人の位置が分かっており、救出を始めれば発砲してくるだろうという予想もできた。
弾丸が貫通しない盾も、相当数用意された筈だが、なぜ、被弾したのか。
そうした検証が必要だと思うのだが・・・。

亡くなられたSATの隊員は、昨年子供が生まれたばかりということで、メディアで盛んに取り上げられ、同情的な世論をメディアが作り上げた。
私も昨年子供が生まれたところなので、自分のことのように、本当に気の毒だと思う。
凶悪犯の魔の手から人命を救うため、他に手立てがなく殉職したのなら、職務上やむを得ないし、栄誉ある死だ。
しかし今回は、所轄警察署の初動のマズさから始まった事件で、県警の万全とはいえない作戦・体制によって殉職した。
さらにいえば、愛知県警は警察官が一人殉職したおかげで、ある程度は世論の同情を買うことが出来た。
殉職者が出てホッとした警察幹部も少なからずいたことだろう。
だから、私は気の毒に思う。

あまり考えてはいけないのかもしれないが、この事件が、もし東京都内で発生していたら・・・
特殊犯が現場に駆けつけ、容疑者を制圧して逮捕。というシナリオが頭に浮かぶ。
29時間に及ぶ立てこもりで全国に中継された後、殺人と傷害で逮捕されるか、通報で駆けつけた特殊班に取り押えられ、銃刀法違反で逮捕されるか。
上記は想像に過ぎないが、犯罪を犯す地域による違いというのは、確実にある。
ちなみに愛知県警は、犯罪検挙率、交通事故死亡者数ともに全国ワースト1である。
どうせ犯罪を犯すなら、愛知県内でやれば捕まる可能性が低い、ということだ。

この事件は、誰にとっても不幸な結果になった。
警察にとっても、殉職者にとっても、地域住民にとっても、犯人にとっても。

事件後、警視庁長官は記者会見で、愛知県警に対する不信感を露にした。
同じ警察という組織の中で、公然と批判するのは、極めて異例のことだ。
その最大の理由は、現場の最高責任者であった愛知県警本部長が、現場に行かなかったことだ。
県警本部長は名古屋市内の県警本部に詰め、事件解決まで現場に行くことはなかった。
これが、事件解決に大いに影響したという。
それは、SATの指揮権が警視庁にあるからだと、推測される。
愛知県警のSATは、当然愛知県警本部に所属するが、その指揮権は警視庁にある。
SATが組織されている他の府県警でも、同様の仕組みになっている。
そこで、現地に警視庁の車両を派遣し、衛星通信車によって速やかに指揮できる体制を整えた。
だが、作戦責任者である県警本部長が、現場にいなかった。
警視庁のSATは、現場にいるSATに指示を出すために、名古屋市内の県警本部とも連携をとらなければならなくなった。
それで指揮系統が混乱し、SATに初の死者が出てしまったというのが、真相ではないだろうか。
また、現場を見ずに、離れた場所から指示を出す責任者というのは、やはり士気にも影響する。
現場の責任者が現場の空気を感じられないまま、事件が無駄に長引いていったのではないだろうか。

最後に、殉職された林警部(当時は巡査部長)のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。


事件の現場のページにもどる