金生山の石灰2/3








金生山が近代化される前は、採掘業者が乱立していた時代があった。
そのためか、小規模な鉱山施設の遺構が、数多く残っている。






民家や生活道路からさほど離れていないが、どれも山に飲み込まれている。
わざわざ近づいて見る人もいないようで、藪に覆われていた。






北上しても北上しても、いくつもいくつも遺構がある。






崩れかかってはいるものの、珍しく木造の建物を発見した。
遺構の多くは建築から半世紀以上が経過しているため、石垣やコンクリしか残っていない。



歴史を感じさせる「社内尊守事項」が掲げられていた。



比較的新しい建物。
もちろん稼動はしていない。



比較的状態の良い昔の焼成炉。
焼成して出来た生石灰に水をかけると発熱し、消石灰になる。
この発熱反応を利用したのが、紐を引くと温かくなる弁当などだ。
乾燥剤の生石灰が生ごみ等の水分と反応し、ごみ収集者が燃える事故もあった。
昔の赤坂では、生石灰に雨がかかり、火事が多発していたという。
また、労働者の肌についた生石灰が汗と反応したため、過酷を極める職場でもあった。



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